So-net無料ブログ作成
検索選択

視力が上がった [雑感]

EnriqueImage.png
変な話ですが,視力が回復しました。

ブログをあまり書かなかったせい?かも知れません。

視力検査を受けるのは年一度受ける人間ドックと5年に一度の免許の書き替え時でしょうか。
今年の人間ドックは先月受けました。

正式な結果の案内はまだですが,例えば,右目は昨年の0.3から0.7くらいにアップしています。
そこで,肺活量とかは横ばいかややダウンです。もっとも,私は人並より口が大きいせいかトイレットペーパーの筒位のものでは空気が漏れる様な気もしていますが。ピロリ菌除菌が効いたのかずっと要精検になっていた慢性胃炎が消え,一時期黄色ないし赤信号が点っていた尿酸値が正常,コレステロール値も正常,最後に医師から賞賛されてしまいました。

視力に関しては,ある時期急に落ちたようです。
小中学校の頃は,視力検査で一番下まで全部見えていましたが,1.5までしか検査しないので,ずっと1.5でしたが,その後検査をしてもらうと,全部見えるので,ずっと2.0でした。

視力の低下を意識したのは就職してからでした。パソコンを使うようになった時期と一致しています。
両眼とも2.0あった視力が,あっという間に1.0を下回って0.7とか0.6とかに下がってしまいました。

あれ,何でこんなに見えないんだ?と言う感じです。
無限遠までピント・ピッタリが当たり前だった人間にとって,遠くにピントが合わないことがあるというのは初の経験でした。

最初に視力低下に気付いた視力検査では,「あれっ,ちょっと目の調子が悪い。」とか言いながら,目をこすりこすり検査を受けました。見えるのが当たり前だったサイズのあの切れ目入りリング(ランドルト環というのだそうです)の下半分くらいがボケて見えません。一番下までスッキリ見えるのが当たり前だった人間にとって初の挫折感です。しかしその時点での危機感は全くなく,「そのうち回復するだろう。」くらいに思っていて,すでに2・30年経ってしまいました。

ランドルト環
自動車免許の書き替えはメガネなしで何とかOKでした。直近では機械検査ではじかれて,検査員対応で両目0.7,「はいOK」。このところ片目では0.3~0.4,両目で0.7くらいの視力で過ごしてきたようです。スクリーンに映し出される文字は良く見えないので,気力で読むようにして来ました。

メガネも作りましたが,どうも度が強すぎるので滅多に掛けません。度を示すディオプトリー(焦点距離の逆数[m-1]で数字が大きくなるほど度が強くなる)はそう細かく連続的には選べないのか,私には強すぎるようです。もっとも,これ以上弱めると素通しになってしまうのかも知れませんが。眼科へ行くと「近視は治らない」と言われて,すぐにメガネの度数測定になりますが,むしろ,わずかの焦点異常は目の訓練の方が効果的なようにも思います。

視力検査というのは,無論定量的な測定ではありますが,カンで答えても,0.1や0.2は上がりそうです。もっとも,実力以上の表面的視力を獲得してもあまり意味はありませんが。それと,単位のない数字というのはあまり気分良くありませんので調べてみますと,視力1.0というのは,視角が1分(1/60度)のランドルト環のギャップが識別できる能力なのだそうです。数字の大きい方が小さなものが見えるわけですから,これまた角度の逆数になっているようです。角度は長さと長さの比率ですから,根本的に無次元ですが,有理単位系で使う際の角度の単位はラジアン[rad]ですから,あえて視力に単位をつけるとすれば,[rad-1]です。ただし1 rad = 180/π度 = 10800/π分ですから,視力1.0とは,1.0 × π/10800 rad-1という量と単位ということになります。

さて,今回視力がアップしたのは,いくつか理由があります。一つは,検査前に眼球の運動を行ったことです。隣での検査の待ち時間に視力検査のランドルト環を盗み見しつつ,眼球をぐるぐる回していました。不用意にそれをやると変な人だと思われますので,片目を隠しながら,ぐるぐるやっていました。寄り目も積極的にやりました。おそらくこれが直接的な効果でしょう。効果があったかどうか分からないものとしては,半年ほど前から仕事で使うパソコンのディスプレイを大型にしてなるべく目を離して使うことにしています。

目を全く工学的に見れば,見え具合というのは,レンズに当たる水晶体の焦点異常と水晶体の様々な収差。フィルム(現在では撮像素子)に当たる網膜の性能,脳による画像処理の巧みさでしょう。

まずレンズに当たる水晶体の性能ですが,暗いところでは虹彩は直径7mmほど,眼球の直径は23mmから24mmくらいだそうですから,かりに焦点距離を23mmとすればFナンバーは,F3.3ほどになります。レンズの性能としてそれほど優れているわけでもありませんが,まあまあのスペックでしょうか。明るいところではどのくらいまで絞り込めるかわかりませんが,かりに虹彩の直径が1mmになるとすればF23です。ピント調節は,カメラではレンズを出し入れして合わせますが,眼球位置は前後調整出来ないようで,水晶体の厚みを変えることで調整しています。それを担うのが毛様体で,近視・遠視といった焦点異常はこれを動かす筋肉が水晶体の厚みをよく調節できなくなることに起因するとの事です。まずピントはピッタリ合わないとレンズ性能は発揮できません。

光学レンズには様々な収差がつきものです。一つには虹のように色づいて見える色収差。眼ではあまり感じませんので,水晶体は低分散素材なのでしょうか。高級なレンズです。カメラのレンズの場合は,素材に蛍石などを使うことになるので高価なレンズになります。光学機器では色収差を打ち消すだけでも,素材と厚みの異なった2〜3枚のレンズを組み合わせることになります。

画像湾曲収差に関しては,焦点面も球面になっている眼球の場合は具合が良いのかもしれません。ただ画像の変形は脳で補正されているのかもしれません。よく言われるのは,網膜面で実像はひっくり返っているのに,なぜ逆に見えないか?という事ですが,強制的に倒立像となるメガネを掛けて生活していると,しばらくすると脳が画像をひっくり返してマトモに見えてくるのだそうです。

光学レンズの場合は球面収差というものがあります。ガラスレンズの加工は球面に仕上げるのが最も容易なわけですが,レンズの周辺部を通る光は屈折されすぎるのでピントが一点に結ばず,球面レンズ単体では明るいレンズは作れません。やはり様々なレンズを組み合わせて打ち消すことになります。水晶体の場合は球面にこだわる必要もなさそうですが多少の凸凹や非対称は出そうです。乱視と呼ばれる視覚症状はこの事が原因のようです。

レンズの分解能の物理的制約になるのが,回折収差と呼ばれるもので,光の波長に依存した限界です。対象物の一点からあらゆる方向に出た光を,レンズという窓で切り取るわけですから,対象の完全な再現は不可能なわけです。光を取り込む窓が大きい方がより忠実に再現できるわけです。近接のものを扱う顕微鏡では開口数N.A.という数値で表示されますが,カメラのレンズの場合はFナンバーに相当します。当然絞り込むと効いてきます。

レンズが光束を空間的に切り取るサイズは文字通り窓(ウィンドウ)です。境界のはっきりとしたウィンドウで切り取ると再現された像にハローが発生して解像度が落ちてしまいます。これは光が波動であることに起因した本質的なものですが,低減方法はあります。窓の縁をぼかすわけです。超解像とか言われる技術の一つです。眼の虹彩もギザギザになってぼかし効果を出しています。本来は光の点であるはずの星が,文字通り星型に見えるのはこのギザのせいです。生体の眼というものが超解像を狙った結果,星が星型に見えているという事のようです。

水晶体のレンズが頑張って網膜上に実像を結ぶわけですが,いくら水晶体のレンズの性能が良くても,網膜上の視神経の細かさによって見える限界があるはずです。視神経の束は100万本くらいだそうです。そのうちピント調節などの制御系に使われいるものもあるようですが,仮に全部一個一個の画素に対応しているとすると100万画素です。細かさからすれば,一昔前の撮像素子の性能です。しかし,人工の素子では画像信号をバケツリレー式にシリアル転送している訳ですが,眼に100万本もの神経束がついているということは生体では画像信号の伝達はパラレル転送なのでしょう。神経系の信号伝達速度がものすごく遅い事に起因すると思います。

最終的な画像認識は,脳での画像処理です。カメラ的にはさほど高くもない光学性能の水晶体と網膜で得た画像を処理するのは脳の役割が大きいのでしょう。スチルカメラの様に一枚を切り出すのではなく,ムービーカメラでリアルタイムで観察しています。じぃーっと凝視して詳細がわかる事があります。一方,動体視力というものがあります。野球の打撃のプロは投球が止まって見える(球の縫い目まで見える)のだそうです。しかし,これらのことは,神経系の伝達速度からするとあり得ないのです。目で見た画像が脳に行くのに0.2秒程度は掛るわけですが,球速150km/hで投げ込まれた球が打席に届くのに0.44秒ほどですから,投球が届く真ん中付近での情報を処理するのがやっとなわけです。結果としてワンバウンドする落ちる球を空振りをするのは無理もない事です。間に合うわけがないのです。達人といえサイボーグでは無いのでの神経系の伝達速度が極端に速いなどという事はあり得ません。

ではどうしているか。予測です。
予測して,記憶しているものと比較することによって,擬似的にリアルタイム処理としているものと思われます。

視力が向上したことをきっかけに,目の見え方について少し考える機会を得ました。
nice!(10)  コメント(4) 
共通テーマ:音楽

nice! 10

コメント 4

アヨアン・イゴカー

視力が上ったというのは素晴らしいですね。
私は、視力が下がり、文字を読むのが遅くなっている原因の一つとなっています。
左右反転と言うのは存外難しいと感じています。気になる白髪を抜こうと鏡をみるのですが、左右前後が反対になるので、手を反対方向に無意識に伸ばしていて、埒が明かない時があります。
野球の球が止まって見える人々の能力は神業と言ってもいいような優れた能力ですね。物理的には、実際に見えていないのに、見えているように脳が反応しているのでしょうか、興味深い話です。


by アヨアン・イゴカー (2017-09-11 00:10) 

Enrique

アヨアン・イゴカーさん,多少向上するのは以前より勝算がありました。もう少し早く対策すればもっと回復したかなとも思うのですが,なかなか「目の訓練」というのも面倒なものです。
左右の件,上下を間違う人はあまり居ないのですが,左右は難しいようです。私は鏡は大丈夫ですが,カメラで自分を写している状態だとダメです。娘は車の運転が苦手でバックでハンドルを切れない様です。いずれも左右の認識の問題の様です。優秀でも左右間違う人がいます。私も子供の頃左右が覚えられなくて,左右は手の形で覚え,RとLは野球のポジションで覚えました。
球が止まって見えるのは,時間的にあり得ないのですが,私も飛んでいる蝶の羽の柄がはっきりと止まって見えます。時間的にはおそらく脳は捕虫網に納めてから画像を判断しているはずですけれど。
by Enrique (2017-09-11 06:55) 

いっぷく

私も0.06ぐらいで、0.01も時間の問題かと思っていたら、先日0.2に上がりました。老眼入って視力が上がったのかと思いましたが、一方で眼圧も上がったようです。目は大事にしたいですね。

by いっぷく (2017-09-13 08:54) 

Enrique

いっぷくさん,0.2あればけっこう良く見えるのではないでしょうか。習慣で悪くなることがあれば,改善習慣で良くなる事もあるのだろうと思います。
昔,研究室の恩師が「最近勉強しないので目が良くなった」と言っていたのを記憶しています。仰るように視覚は本当に大事にしないといけませんね。
by Enrique (2017-09-13 15:16) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。