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過去の現代ギター誌の目次を見る〜その3〜 [雑感]

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現代ギター誌の過去の目次を眺めながら昔話を書いています。そのつづきです。

転機になったのはバッハです。
やはり,1978年にG.セルシェルがパリコンで11弦ギターを駆ってバッハのリュート曲「プレリュード・フーガ・アレグロ BWV998」を演奏して優勝します。当時FMで放送されたものをテープに録音し,現在でも持っています。

当時このような曲は多弦ギターでしか弾けないものだと思っていましたが,東條俊明氏編?だったかの楽譜が出版されていたのを知り,演奏を試みますが,プレリュードしか弾けず,プレリュードのみレパートリーとしていました。

この頃からバッハに興味を持ちだし,1981年に現代ギター社から臨時増刊で出たバッハのリュート作品集を購入しました。本誌は残っていないですが,水色の表紙の楽譜冊子のみ現在もあります。
何分リュート曲は難しく,BWV998のプレリュード,BWV999の小プレリュード,BWV996のブーレなどを拾い弾きしていました。

1982年7月にヴァイオリン作品集も出ました。こちらもオレンジ色の楽譜冊子のみ残っています。
こちらも最も易しそうな無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第1番ロ短調のサラバンドとドーブル,ブーレとドーブルを盛んに弾いていました。もちろん,あの有名な「シャコンヌ」もパルティータ第2番の終曲として入っているわけですが,ヴァイオリン曲ほぼそのままのシンプルなものです。ちょこっと弾いて見てはいましたがこの頃は,この曲にあまり興味がなく,最後まで弾こうと言う意欲は起きませんでした。

特にギターで弾くリュート曲の余りの難しさに打ちひしがれてしまい,鍵盤ならば弾けそうだということで,この頃ピアノにハマり,ほぼピアノに転向してしまいました。ただ,ツメを切るようには言われましたが,それはしませんでした。ギターへの未練はまだあったのでしょう。その後,ピアノも止め,ギターも長い中断時代に突入しますが,いつでも弾ける様,ツメは大体そのままにしていました。そのまま現在まで来ています。もしここで右手のツメを切ったら,指頭がすかすかして風邪を引いてしまうのではないかと思います。

その後山下さん,セルシェル以後脚光を浴びたバルエコや福田進一さんを知らないまま,長い中断時期に突入してしまいました。ギターで弾くバッハの余りの難しさにめげてピアノに頭を突っ込んでいた事もありますが,やはり最大の難関は就職でした。
研修期間の4・5カ月はカンヅメ生活ですから,ピアノにもギターにも触れられませんでした。最初のボーナスで電子鍵盤を買って弾き始めましたが,何分20歳を超えてからのバイエルからのスタートで1年程度のレッスンによる急ごしらえの状態でしたから,4・5カ月のブランクは痛く,ほぼ弾けなくなっていました。仕事の忙しさも相まって,楽器とは離れる生活でした。ピアノとギターの二兎を追って,そのどちらもまともに弾けないという状態が10年以上続いた事になります。再び現代ギターを購読し出したのは,97年頃でした。イエペスの訃報が載っていたのを記憶しています。

過去の現代ギター誌の目次をネタに昔話を書きましたが,既に書いていることの繰り返しになっているので,このシリーズ一旦ここで終えます(了)。
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