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認識のあいまいさ~昇りかけの月はなぜ大きく見えるか~ [雑感]

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モノの大きさに対する認識について書いているうちに,子供たちなどに有名な疑問「昇りかけの月や夕日はなぜ大きく見えるか?」というのを思い出しました。満月などの昇りかけは大きなまん丸に見えますが,夜中になって上空にいる時は小さく見えます。

じっさい昇りかけは大きくて,上空に行くにつれ小さくなるのだと思っている人もいるかも知れません。むろんこれは視直径の事を言っています。遠くのものは小さく近くのものは大きく見えます。じっさい太陽は月よりも直径が約400倍もありますが同程度の大きさに見えるのは,太陽は月よりも約400倍距離が遠いからです。昇りかけの月と上空に昇った月を写真に撮るなどして比較しても大きさに差はありません。

視直径を表すのに一番便利なのは角度です。月や太陽の視直径は30分(1°=60分)前後です。
月の地球に対する公転軌道は地球の太陽に対するそれよりもかなりいびつなため,月の視直径は時期により14%程度変わるそうです。なぜか近年「スーパームーン」とか呼ばれてニュース・ネタになるようですが,これは何も今に始まった事ではありません。「スーパームーン」は季節によってやってくるわけですが,最少だった時と最大だった時を同じカメラで撮って比較して初めて分かる程度のものです。それよりも,誰もが感じるのは,昇りかけの月は大きく見え,上空に昇った時は小さく見えることです。しかしこれはまったくの目の錯覚です。なぜそう感じるかの真っ当な解釈はなされていないのだそうです。むしろ,水平線近くで見る時よりも南中した月を見ている時の方が観測者は地球の半径ぶん月に近づいていますから実際の視直径では逆に1.7%ほど大きく見えても良いはずなのです。

月をカメラで撮った時,すごく小さく感じてがっかりした事は無いでしょうか?
スーパームーンの時でさえ,50mmレンズでは焦点面で0.5mmほどの直径に過ぎません。3倍に引き延ばしてサービス版の写真サイズで1.5mm。大きな大きな満月と言っても,画面の中に丸い点がぽつりとあるだけ。かなりの望遠を使わないと,イメージ通りの写真にならないはずです。肉眼で見る時の感覚では,満月を実際の映像よりもかなり大きく感じているのではないかと思います。

人間の目で明視出来る視野はかなり狭いと言われます。
先日のEHS(アイハンドスパン)を調べた論文でも,目の前の鍵盤の二段譜すら同時に見えず,高音譜側に行ったり低音譜側に行ったりジグザグに視線をスキャンしながら見ている事が指摘されています。 恐らく,月の模様を見るくらいに凝視すると,視野は相当に狭まっているものと思われます。脳の中では画面を整理して,満月周辺のみを見ている事になります。カメラのレンズ換算では100mmにも135mmにもなっているのではないでしょうか。

Fig.1 同一の画面内で比較してみても大きさの差は感じません。しかし,実際には地平線の近くでは様々な景色が見えるので,月を良く見るために脳内では視野を狭くして見ているのではないかと思われます(楕円は視野を模式的に示したもの)。

Fig.2 実際には昇りがけと昇った後を同時に見る事は無いので,上空の満月のみを眺めたとする視野の映像。

Fig.3 昇りかけの月を眺めている映像。月以外の情報を整理して脳内で視野を狭く取っていてもそれが見える全ての映像だと感知することでしょう。視野に含まれる映像をFig.2と同じサイズにしてみたもの。
前景のごちゃごちゃを整理して実際には狭くなっている視野,それが視野の全てだと錯覚するのではないかと思います。月が上空に行った時は,幾ら凝視しても周りに何もないので視野を整理できず(あるいは整理する必要も無く),広い視野の中でポツンと浮んでいるというイメージなのではないかと思われます。人間の目は光学ズームではないので網膜に映る画像は同じでも,脳が一度に処理できる画像サイズには限界があるので,ごちゃごちゃした画面では脳内でトリミングして見るはずですので,その中に入る月などは相対的に大きく感じ,まわりがのっぺりしていればトリミングする必要が無いので,その中の月などは相対的に小さく感じるのではないかと思います。ちょうどJPEG画像でもごちゃごちゃした画面では情報量が増え(データサイズが大きく),のっぺりした画面は情報量は少ない(データサイズが小さい)事からも納得できると思います。

我々は満月を目の前に置いた月見饅頭くらいの大きさ?にデフォルメして見ているのかも知れません。上空に行ったら月見饅頭と比べられません。本仮説?が正しければ,尾花野や雑木林を透かして見るといったように景色が複雑であればある程大きく見え,砂漠などの景色の変化の少ないところでは,そう大きな感覚差は無いのではないかと予想します。
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アヨアン・イゴカー

視界の中に月との比較対象物がどれだけあるかによって、大きさが変化するように感じられるというご説明、とても説得力があり納得しました。
by アヨアン・イゴカー (2018-02-10 23:32) 

シロクマ

お久しぶりです。またもや面白い記事です。
人は計量的に見ておらず、感覚としては、辺と比の世界にいるみたいですね。余弦定理などで辺と比だけの世界に角度と長さを結び付けるまで、もしかしたら直交座標系の視界は客観的に体感してなかったのかも知れませんね。奥行きの曖昧さは、ペンローズの三角形が良い例かも知れません。
どうして人は、「鏡は左右を反対に映す」と思い込むのかという認識の話を思い出しました。上下ではなく左右にというのが面白いです。正しい鏡の性質は「鏡は手前の物を手前に、奥の物を奥に写す」だけなのですから。
by シロクマ (2018-02-12 02:54) 

Enrique

アヨアン・イゴカーさん,
比較対象物があると大きく感じるという説は既にあるようですが,なぜそうなるかの理由がはっきりしません。前後感覚でどうのという説もあるようですがピンときません。脳の画像処理の容量制限で視野を狭くとるからではないかというのが本仮説の新しい?ところです。
楽譜や本を読んでいる時は相当に視野が狭まっています。いわば低いところにいる月を見るのは楽譜や文字を読んでいるようなものですが,上空では何もないので,注視したつもりでも視野が狭まりようがありませんので,虚空にぽつんと浮いて見えるのではないかと思っています。
by Enrique (2018-02-12 08:43) 

Enrique

シロクマさん,
確かに人間の目は奥行きに関しては曖昧で,月の視直径問題?でも奥行き感覚で説明する説もあるようです。月の周りにあるものは必ず前景と思いこむでしょうから。2D画像ですら錯覚があるわけですから,奥行き感という2D画像から加工して得られるものは曖昧ですね。
左右の認識の件は次記事でも触れました。
by Enrique (2018-02-12 08:58) 

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